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されどきのぶろ。

元ホテリエのアラサー女のやるせないブログ。 雑記を中心に、ホテル・結婚式・アニメゲーム・ブログ作成・資産運用の事などをほざきます。

16歳いじめ溺死・・・和解の条件が"毎月謝罪の手紙"という記事から考えたこと。

こんにちはキノです。

普段社会面の出来事を取り上げてブログを書くことはほとんど無いのですが、
思わず筆をとらずには・・・いやキーボードを叩かずにはいられない記事を見つけたのでこうして文章を書いています。


そのきっかけとなった記事はこれ。

 

16歳いじめ溺死、和解…毎月謝罪の手紙が条件 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

 

上のリンク先ではいまいち事件の詳細がわからなかったので2年前の記事を見つけました。 

 

事件のあらまし。

 去年11月、堺市で当時16歳の専門学校生が川に突き落とされて死亡した事件で専門学校生は複数の少年から暴行や恐喝などのいじめを10回近くにわたって繰り返し受けていたことが警察への取材でわかりました。
堺市北区の専門学校生金子春平さん(当時16)は去年11月、堺市の川に突き落とされて死亡し元同級生の17歳の少年が傷害致死の罪で起訴されています。
警察は複数の元同級生が日常的にいじめを繰り返していたとみて捜査を進めた結果、金子さんは去年9月以降、暴行や恐喝などのいじめを10回近くにわたって受けていたことが警察への取材でわかりました。
警察は起訴された少年とは別のいずれも17歳の少年2人が金子さんの腕にろうそくを垂らしてやけどを負わせたり、死亡する1週間前にも川に何度も突き落としたりしたなどとして逮捕し大阪家庭裁判所堺支部は先月2人を中等少年院に送る決定をしています。

川に転落死 いじめ繰り返しか - NHK 関西 NEWS WEB(2014年4月10日の記事より引用)

 

さぞ無念だったと思います。

そしてご遺族からの訴訟の結果がこちら。

 

堺市で2013年、同市の男子専門学校生(当時16歳)が川に突き落とされて溺死した事件に絡み、中学時代に同級生だった男性2人(19歳、20歳)が川に連れて行ったことが死亡のきっかけだったとして、遺族が2人に計約1億660万円の損害賠償を求めた訴訟が、大阪地裁堺支部で和解したことがわかった。

 2人が計1400万円を支払う内容で、5日付。

 和解条項には、2人がそれぞれ毎月、謝罪や反省を手書きした手紙を遺族に送ることも盛り込まれた。

16歳いじめ溺死、和解…毎月謝罪の手紙が条件 (読売新聞) - Yahoo!ニュース(2016年8月18日の記事より引用。)

 

 

私が気になったのはこの和解条項。
賠償金+毎月謝罪文を記した手紙を送ることだったのです。

 

 

どちらから提示された条項なのかはわかりませんが、「毎月謝罪文を記した手紙を送る」という項目に違和感を感じました。その理由は様々ありますが、大きく分けて二つ。

 

続けることの難しさ。

まず一つ目。
加害者達が「謝罪の手紙」を毎月書き続けることが本当にできるのだろうかという点です。事件から数年がたった今でも、最初の数か月はまじめに手紙を書けるかもしれません。

 


しかし、確実に徐々に煩わしくなってくるはずです。これは人間誰もが持つ感情ですので一方的に責められるものでもないと思います。

 


そもそも何かを続けるという行為は非常に難しいです。
続けるという行為にはまず「確固たる動機」と「見合った対価」が不可欠でしょう。
しかし、その2つがかね揃えられたとしてもそれでも続けるって大変。

 

例えば、わかりやすいところでダイエットやブログ運営。
共に動機も対価もばっちりあるはずなのに挫折してしまう方は後を絶えません。
しかもダイエット・ブログ運営には目標という「ゴール」を設ければそれに向かってモチベーションを保てるかもしれませんが、この手紙のゴールは何なのでしょう。

 

ゴールの見えない霧の中をひたすら走り続けることがどれだけ大変なことか。さらに仮に続けられたとしても、残念ながらその内容が雑になってくる可能性は高いと言えるでしょう。

 

毎月毎月、心の底から謝罪を記すということは非常に厳しいと思うのです。
まさかコピー&ペーストで毎月送るわけにはいかないでしょうからね。加害者の謝罪に対する強い心を信じるしかありません。

 

 

思い出すことの辛さ。

違和感を感じたもう二つ目の理由。
それは手紙の存在により「ご遺族方は毎月事件を思い出すことになる。」という点です。毎月毎月ご家族が手紙の中で殺されるのです。


ましては、先ほど書いたように万が一「雑になっていく様」が見れて取れたとき
悲しみや怒りの気持ちを抑えることが出来るのでしょうか。
これで本当に気持ちが救われるのかと疑問を感じずにはいられませんでした。

 

 

 

家族・・・ましてや子供を殺されたという痛みは想像を絶するものでしょう。数百数千の言葉を並べたところでその気持ちを想像出来たり、代弁出来たりするものではありません。さらに私自身、加害者達とも直接関わっていたわけでも、話すらしたこともありませんからこの事件に対してどのように向き合っているかはわかりません。

 

そのような第三者がとやかく言うことが非常にナンセンスであり、非常にお節介であり、非常にエゴなことであることは十分に分かった上で、あふれる思いを文章にしてみました。


これでこのご家族にとって本当にいい選択なのでしょうか。
確かに「賠償金だけ払って終了」・・・と、これも何か違う気がします。

 

久しぶりに頭がくらくらするほど考えたのですが、すごく難しい。
この選択に答えなんてないんですから。

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

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