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されどきのぶろ。

元ホテリエのアラサー女のやるせないブログ。 雑記を中心に、ホテル・結婚式・アニメゲーム・ブログ作成・資産運用の事などをほざきます。

逃げるは恥だから、逃げられなかった話。

綺麗な話ではないので、無理と思ったら離脱してほしい。きっと話の展開は読めるはずだから・・・当時の私のように。

 

 

一人で病院に行った。

 

馬鹿は風邪をひかないとはよく言ったもので、私はこれまで大きな病にかかったことがない。それゆえ比較的病院とは縁の薄い人生を歩んできたつもりなのだが、三十路を過ぎてから事情が変わってきた。この一年でもう5回は病院に行っている。これが万人から「うわっ、多い!」と感じてもらえる数字とは到底思えないが、少なくとも私にとっては未だかつてない数字なのだ。

 

先日も皮膚科に行ってきた。蚊に刺された所が尋常ではない程痒く、耐えられずにかくと痒い場所がどんどん広がるという謎の症状に苦しめられ、嫌々半分喜々半分に会社を休んで病院に足を運んだのだ。

 

近所の皮膚科は平日だというのに朝から満員だった。個人経営の病院ゆえ規模も小さく、用意されたソファーでは足らずに立ったままの患者がひしめき合う受付ロビーだったが、人数に反してその空間は静かな物だった。

 

時計の秒針が進む音、そして会計の応答と次の診察患者を呼ぶナースの声がたまに響くくらいの静かな空間内で、皆ボーっとしているかスマホを弄りながら自身が呼ばれるのを待っている。ソファーを確保できたことに喜びを感じながら私もスマホを操作していた。

 

――――と、そこに5歳位の男の子とその母親と思われる女性が入ってきた。見るからにやんちゃそうなその子もこの空間の雰囲気に飲まれたのか、この後控えている診察内容に緊張しているのかは定かではないが初めの10分間は大人しくしていた。

 

が、しかし子供は子供。徐々に落ち着かなくなってゆき、ついには声を発し始めた。

 

私はまだこの後の地獄絵図を知る由もなかったが、静寂に包まれていたロビーに「あんこ、いんこ」と少年の声が響き渡り始めた。

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戦慄のカウントダウン

あんこ、いんこの次に来る物

彼の発する一つの単語毎に2秒くらいのウェイトが有った。「いんこ」の後、2秒間のインターバル中に直感的に私はその次に来るであろう単語を予想してしまい、そしてその通りになった。

 

彼ほどの年齢の子供にとっては、その言葉自体が笑い転げるに足りる物であり好物なのだろう。へらへら笑っている彼を微笑ましくも思いながら、私は再びスマホに目をやった。

 

―――しかし、ここで予想出来なかった事が起きた。そこで彼は止まらなかったのだ。「えんこ、おんこ」。さらには「かんこ、きんこ、くんこ・・・」とそのまま続行したのである。

 

彼は一体何を目差しているのだろう。興味を持って先回りして考えてみるとある一つの名称にたどり着いた。

 

「た行」のあれだ。なるほど、いかにも好きそうではないか。

 

少年無事、た行に到達

か行、さ行が終わっても彼はその作業を辞めない。どうやら私の読みは正しかったようだ。無事に彼はその単語にたどり着いた。彼はけらけら笑いながらその名称を声高らかに発したのだった。

 

当然だが、笑っているのは彼だけであって他の患者は誰一人笑わない。隣にいる母親ですら笑わない。いやひょっとするとマスクの下に隠れた表情では笑っていたのかもしれないが、少なくともリアクションは何もない。

 

と、ここで私の予想はもう一度覆されることになる。「つんこ、てんこ、とんこ」と更に続くのだ。

 

最後のカウントダウンが始まった

「あ行」や「た行」よりも数倍まずい物がこの先に控えている。単語のレベルとしては「た行」のそれとほとんど同じような物なのだが、私にとってそれは非常にやばいもののように感じた。この様な公共の場でその言葉を聞いたことも無かったし、免疫がなかったのだ。

 

彼自身がその言葉の意味を知っているかは分からないが、せいぜい5メートル四方のこの小さな待合室にその言葉が響き渡った時、私はどんな顔をすればよいか分からなくなった。

 

そしてそんな事を考えれば考えるほど顔が赤くなっていくのが自分でもわかったし、発せられた瞬間のこの空間の惨事を想像してしまい笑いをこらえる事で精いっぱいだった。誰かが笑ったら間違いなく私も笑ってしまう。けれど唇は笑う事を我慢しているから、おそらく口内に押しとどめた空気が唇を無理やりこじ開け「ぶっ」と音を立てて笑ってしまうのだ。はしたない女だとさげすんだ目で見られそして、この皮膚科には二度と足を運べなくなってしまう。せっかく腕の良い皮膚科の先生を見つけたのにと私は必死だった。

 

その間、順番が回って来て診察室に悠々と入って行く人が心底うらやましかった。残り数十秒程でくるであろうその瞬間までに私の名前を呼ばれる望みは極めて薄い。また母親はスマホに夢中で止める様子もない。

 

かといってあたかも急用が出来たように外に出て行くのはあまりにもあからさまで、「こいつ意識しすぎ」「我慢できなくなってる」と後ろから指をさされそうで悔しくて恥ずかしくて動けなかった。逃げる事が出来なかった。

 

そしてこの緊迫した状況は他の人も同様だったのだろう、皆がそわそわし始めた。人は予想できない事に対して驚き、恐怖や面白みを感じる生き物だが、逆に予想できる物に対しても同様だ。この後の展開がわかっているからこそ、勝手に想像をしておびえたり、笑ったりしてしまうものなのだ。

 

急に顔を下に向け始める人もいた。あからさまに非難の目を何もしない母親に向ける人もいた。心なしか室温や湿度が上昇したような気がした。せめて話し相手が一人でもいればごまかせるのだが、それも出来ない。かといって見ず知らずの人が今さら唐突に会話をするなんて不自然極まりない。

 

 

そもそもあんこ、いんこと「あ行」だけなら全てに意味がありそうだが、「にんこ、ぬんこ、ねんこ」と今言っている言葉達はどれも無意味なものにすぎない。この後に来る単語も「はんこ」以外ほとんど意味を持つものは無いじゃないか!

 

 

もうやめよう、やめてくれ。誰でもいい彼を止めてくれ!

 

 

戦いが終わって

結局、彼は50音を全うした。

 

かくしてロビーには再び平穏が訪れ、直後私はナースに名前を呼ばれふらふらと診察室に入ったのだが、皮膚科に行く事がこんなに疲れるとは思いもしなかった。次回病院に行く足が重くなるに違いない。

 

 

下ネタの品格 (文春文庫)

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